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Home スポーツに関する偉人 親を大切にしよう!!一日一善!! 笹川良一

親を大切にしよう!!一日一善!! 笹川良一

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「親を大事にしよう!!一日一善!!」 笹川良一

みなさん、スポーツを行っていて、必ず「B&G 海洋センター」という水族館の様な名前のスポーツ施設にお世話になったことは、一度や二度有るのではないでしょうか?

アジやマグロ、秋刀魚やタコ、イかなどの魚などが居ない、けれど名称は「海洋センター」。

しかし、野球やサッカーグランド、テニスコート、体育館、プールなどなどが、作られて整備されている。

だけど名称は、「海洋センター」。

このB&G海洋センターなのにスポーツ施設??と思う人が、殆どだと思います。

不思議に思ったことありませんか?

今回の話は、前フリも長いし、絞って書いても長いです。

実は、この山の中に有っても「B&G海洋センター」これは、立派な大人に知育、体育、徳育の3つを育てる必要が有ると提唱していた笹川良一さんがB&G財団を作り、日本全国に青少年の健全育成や生涯スポーツを通じた安全な地域社会の形成を目的に作ってきたもの。

だけど、笹川良一って誰なんだろうと思った人。

この方の説明で一番分かりやすいのが・・・。

 

「戸締り用心♪火の用心♪ 水は命のお母さん♪ ・・・ 一日一善!!」

でテロップに「人類、みな兄弟」というCMをが流れるというテレビのCMです。

まずは、日曜日のCMを見てください。

 

 一休さんのときに流れていたような・・・。と思う方は、経験豊かな青年ですね(笑)。

もちろん、笹川良一さんが、曜日ごとに一日一善と問いかけて、「一日一回は、良いことをしていきましょう」と子供達に、そして日本中に声を掛けています。

 

このCMに出ていたおじさん(私の子供の頃は、毎日このCMが流れて、戸締りなどの注意喚起をCMがしていた)が笹川良一さんです。

若い人には、以下の動画で見てください。曜日ごとにCMが違います。

 

YouTube動画にリンクしています

  月曜日バージョン
 笹川さん:「街をきれいにしよう!」

 火曜日バージョン
 笹川さん:「火遊びはやめよう!」

 水曜日バージョン (画像乱れあり)
 笹川さん:「水を大切にしよう!」

 木曜日バージョン
 笹川さん:「しじぇんをまもるろぅ!(自然を守ろう)」

 土曜日バージョン
 笹川さん:「体を鍛えよう!」

 日曜日バージョン
 笹川さん:「親を大切にしよう!」

 

どうですか?懐かしいと感じた方も、初めて見た若い方も、こうして子供達の育成に力を入れてくれた方が笹川良一さんなのです。

 だけど、この笹川良一さん、とにかくすごい人物。

スポーツ施設であるB&G海洋センターを紹介しようと調べたら、調べれば調べるほど、社会貢献と言う枠を超えた数々、笹川良一さんのすごさに驚きです。

中国人の医療を進める為に日本で中国人のお医者さんを育てたり、芸術文化が人の為になると考えると日本音楽財団をつくり、ストラディバリウスなどを購入し、音楽家に貸与したり、ハンセン病撲滅したり、天然痘の根絶をしたり、笹川グローバル2000プロジェクトでのアフリカの支援、スポーツ推進の為の支援、施設の建設、海外の困った人が居たら飛んで言って(本当にすぐに自分が飛んでいく)励まして支援したり、日本を救う為にGHQの裁判の際に巣鴨の収容所にて、収容者に対しての説得・支援・救出、北方領土の交渉支援、阪神大震災救助及び支援、福祉車両、病院建設、世界中での学校・病院などの建設など、今でもNPO総合スポーツクラブの支援などなど・・・、調べると本当に切りが無い数々の実績。すごい。

 

どれも一つを生涯掛けてやるような内容を、沢山やっちゃったんだから、本当にすごい。

しかも、天然痘の根絶、ハンセン病の廃絶ですよ!!これだけでもすごい。

 

さらに、経歴はもっとすごいのですが、全部の記載は、とても多すぎて書ききれない。

なので、出来る限り絞ります。(後で、また別の機会に記載したいと思います)

 

本題に戻して・・・

スポーツを通じて、青少年育成と含め、子供から老人までの全世代が生涯スポーツで、健康豊かな地域社会の形成が出来るようにと作った日本全国にあるこの施設。

ブルーシー・アンド・グリーンランド(略B&G)海洋センターを管理する財団がB&G財団。

この財団をつくり、野球、サッカーグランド、テニスコート、プール、陸上競技場などを日本各地や海外に作り、体育、徳育を支援というより、育てた。

その説明を息子さん(日本財団(旧笹川財団)笹川陽平さん)の講演内容がブログに出ていて、父の良一さんのB&G海洋センターを作った目的が書かれていました。

「B&G財団創設者 笹川良一の遺したもの」
(2004年2月10日/笹川記念会館)

の抜粋

http://www.nippon-foundation.or.jp/org/condition/040210_1.html

「父、良一は、日教組が激しい運動を展開していた時から、B&Gの施設を使って、知育、体育、徳育の3つのバランスが取れた人間をつくらないといけないと言い続けてきました。

私は、世界の有名大学70校を見て回りましたが、いずれの大学も学業が優秀なだけでは入学させてもらえません。

学業の成績と 同時に、どんなスポーツをしてきたのか、どんなボランティア活動で社会貢献してきたのかを細かく問われるのです。
私の倅に学業優秀な友人がいまして、ハーバード大学を受験しましたが受かりませんでした。

何故かと言えば、他の人がスポーツやボランティアをしている時 に、一人だけ勉強していたら学業ができて当たり前だと言われたそうです。それでは(日本と諸外国とが)アンフェアだと言うことなのです。とかく、日本は体育と徳育の2つが遅れがちなのです。」


「B&G財団設立の精神は、笹川良一がドイツのオリンピック委員会専務理事、ゲルト・アーベルベック氏を訪問した際、次のように進言されたところにあります。
 「笹川さん、どの国に行っても立派な競技場がつくられていますが、年に1度か2度しか使われていないのが現状です。そのような競技場をつくって何になるのでしょうか。これからは、スポーツで青少年を鍛える場において地域コミュニティーを活性化させ、お年寄りから孫の世代までがスポーツを通じて語り合えるような環境を整えていくべきだと思いますし、ドイツではすでに目指しています」
その結果生まれたのが、B&Gによって建設された現在ある全国の施設なのです。」

 とB&G海洋センターが作られた経緯をお話されたのですが、笹川良一さんは、「世の中に良いことは、どんどんやろう」と言う人です。

で、常々「人の為に生まれてきた、子供、子孫の為に生まれたのではない」と言って、私財を投げ打って、やっちゃった人です。

それで全国に、スポーツ施設があります。

だけど、この笹川良一さん、「人類みな兄弟、一日一善」で有名ですが、本当に世界中に奔走された方でした。

しかし、モータボート事業を行っていることからギャンブルのイメージが強い為、印象が悪く、誤解も多い。

マスコミによって、「モータボートの財団のお金を使い込んでいる」など、憶測だったり、悪意の報道だったり、その為、イメージが悪くされてしまった。

でも、使った資金は、全部私財だったんですね。

 

その証拠に、子孫には一切残らなかった(笑)。

生前の良一さんは、「お金は世の為に使う、一切残さない」と家庭を顧みずに(涙)・・・涙・・・・と、人の為に生きた方でした。

 

さらに、良一さんは「日本教職員組合」略して、日教組のボスである日枝と仲が悪かった。

槙枝(日教組)は、「交通ルールを守ろう、一日一善など余計なこと言うな!!」と非常に笹川良一さんを叩いた。

そのときの事を、息子さんが話しています。

笹川陽平さんのスピーチ抜粋

「日教組華やかなりし頃、今では私のところにも訪ねて来る槙枝委員長ですが、当時は笹川良一と厳しく意見が対立していました。「親孝行をしろ、交通ルールを 守れなどとテレビで余計なことを言うな」と槙枝さんは言いましたが、父は作家の今東光さんと2人で「教育の弊害、これ100年祟る」と言いながら演説して 回り、日教組の批判活動をしていました。その時の、あの赤旗のはためきと先生方の嵐のような反対運動は忘れられません。」

その日教組と仲の良い朝日系が色々と笹川良一さんを攻撃して、捏造など含めて報道してくれたというのが、イメージ悪化につながったとのことです。

日教組で調べると下記の動画がありました。

報道特集 日教組 徹底研究 1/5

 


話を戻して、最後まで、死ぬまで日本の為に、世界の為にとご尽力を尽くされました。

資金にしても、全て私財を投げ打って、財団の金を交友費含め、一切使わなかった。

説明すればするほど更に、前フリが長くなってしまうので・・・。


 では、やっと本題の笹川良一さんがどの様な人かと言うと・・・

笹川良一さんは1899年(明治32年)5月4日、大阪府三島郡豊川村(現在箕面市)で生まれました。

両親によって「世のため、人のためになる子」を目標に育てられました。

実は、笹川家は1747年から代々続く家柄で、父鶴吉は十代目の当主であり、苗字、帯刀を許された庄屋の出で名家。なので元来お金には困ることはなかったんですね。また株や先物取引にも滅法強く、大きな財をなしたとのことです。

生前、父の鶴吉は良一に対して、
「国家国民のために行った行為であれば、あるいは法律にふれるような場合であっても、良心に恥じるところがなければ、責めるべきではない。大衆の幸福と信ずれば、どんなことでも思い切ってやれ。俺は死んでも魂はお前の背に乗ってお前を守り通してやる」
と言うのが口癖であり、遺言もこの言葉でありました。

良一は、終生この父の言葉を守り実行したました。

 

笹川の両親である鶴吉・テル夫婦は、家庭で行う当たりの躾を良一に叩き込んだ。

人間としての基本の躾

それは、
一、朝、両親や他人様に明るく挨拶すること
二、返事は明るく、誰にでも「ハイ」と大きな声ですること
三、履物を脱いだら必ず揃え、跡かたずけはきっちりすること

を徹底して教えました。

この躾が身に付けば人間の土台が出来あがる。鶴吉夫婦は、子ども達に躾を身につけさせながら、大きくなるにつれて、日本人の基本である

「礼儀」(うやまう心を表す作法)
「義理」(人としての立場からくる務め)
「人情」(人間としての優しさ、柔らかさ)
「節度」(度を越さないで、身のほどに合う行いの区切り)
「親孝行」(親を敬いよく尽くす行い)

を教えました。

親からの厳しい躾や教育が、笹川良一の人間形成の基本となったことはいうまでもありません。


中学校には行かなかった。

笹川良一さんの最終学歴は豊川尋常高等小学校(大正3)卒業。当時の義務教育は小学6年生まで。

参考までに「今太閤」、「コンピュータ付きブルドーザー」と呼称され総理大臣までのぼりつめた田中角栄は、二田高等小学校(現柏崎市)卒業。

「経営経営の神様」と呼ばれ、松下電器産業を一代で築き上げた松下幸之助は小学校4年で中退しています。

学校での教育ももちろん大切ですが、この田中角栄、松下幸之助の両名は、社会から学ぶことの大きさを体現している人物です。
「人生は、生きた時間の長さではない、いかに生きるかだ」この言葉は、生前の笹川良一さんの口癖でした。

子どもに対する躾や教育は厳しかったものの、造り酒屋で裕福な家庭に育った良一さんは、成績も良かった。

しかし、中学校には進学しませんでした。


その理由は、通っていた小学校校長の沢田英太郎氏が、良一さんの父・鶴吉に進学させないよう頼み込んだんです。

 どうしてか、というと・・・

笹川陽平さんのスピーチ抜粋

「笹川良一は、実は小学校しか出ていません。造り酒屋の倅でしたが…当時、造り酒屋といえば、まあまあの家柄であり、ノーベル文学賞を受賞した川端康成さん とは同窓生で親友でした。川端さんは、中学校から東大へあがられましたが、私の父は小学校を出たあと、近所のお寺に預けられることになりました。

何故なら、大変なワンパク小僧で、小学5年生のときには同級生を集めてストライキをしていました。同級生を集めて山に連れて行き、山から出ないのです。 どうしていたのかといえば、小枝を集めて薪をつくり、売りに出していました。

 とうとう、校長先生以下がそろって、カンテラを下げて山に入り、「出て来い!」 ということになりました。

また、学校に行くときは、家で竹棒を構えて待っており、迎えに来た同級生に肩車をさせて、通学していました。いわば、自家用車付きで学校に通っていたのであります。

「こういう男をそのまま上級の学校に行かせたら、必ず(将来)アカになる」当時は一般的にそう思われていました。皆さん、アカってご存知ですよね。最近で は死語になりつつありますが、要するに、頭の良い子、リーダーシップのある人間は、必ず社会主義に染まる、共産党に入る、というように考えられていたのです。

 そのため、寺に預けられてしまったということです。」
と説明されています。

 戻りまして、沢田校長は鶴吉に
「良一君にこれ以上、勉強させたら直情径行の彼はとんでもない方向に暴走し、流行の社会主義の洗礼を受けて、国家に歯向かう人間になるか、都会の悪い風に染まって自堕落な人間になる。将来のことを考えると、身近なところに置いて徳を積むことを教えた方がいい」
と仰ったとのことです。

明治34年には、わが国最初の社会主義政党「社会民主党」が設立され、当時としては過激な綱領を掲げたため、治安警察法により即日結党禁止されるなど、世の中は社会主義者や共産主義者が台頭しだした時代でした。

そこで、沢田校長と鶴吉氏は考え抜いた末に、笹川家の近くにある笹川家と同じ浄土宗である「正念寺」に預けられることになった。
それを父から聞いた良一さんは、心の中で「川端康成(同級生)のやつは中学校に行けてええな」と羨望しながら中学進学を断念したとのこと。


正念寺に預けられる前日、寺の原田順亮住職のもとに鶴吉夫婦が訪ねました。

そして、母・テルが、住職に対して

「あの子は、わてら夫婦の子どもとは思うてません。どうぞ、世のため、人のためになるような子どもに育てあげとくなはれ」

とお願いをしました。


原田住職の回答は、「殺してもええいうのやな?」。


母テルは、「殺して死ぬような子は、神さま、仏さまの授かりもんであらしまへん。どうぞよろしうに」と気丈にも答えました。

この時点から、両親、校長、住職の三位一体による笹川良一の「世のため、人のために」なる人物に育てる教育がスタートしました。

そして、翌日から鶴吉・テルのご両親は、良一さんの教育の為に、寺を出入り禁止になったのです。

こうして、笹川良一さんは、お寺に預けられ、約2年間にわたり、良一さんは、厳しく正念寺で育てられたました。

 

お寺での生活が終わり・・・

2年後、お寺での生活を終えた笹川良一さんは、家に戻り、家業の造り酒屋を手伝いを始めました。

 

しばらくして、近所の娘が失踪するという、衝撃的なことが起こりました。

その娘は、良一さんが小学校時代からよく知っている方で、村一番の美人と評判の娘さんだったとのことです。


行方不明になった背景には、その娘の近親者にハンセン病患者が居たとのこと。

それが原因で、娘は結婚が破談になってしまった。そして、姿を消し自殺したらしい、と近所の人たちの話だった。

良一さんは、このことにすごく胸を痛めたとのことです。

この事件は、良一さんのハンセン病との出会い、ハンセン病と戦う原因になったのかもしれません。

※ハンセン病とは、

「ハンセン病とは、1873年にノルウェーのハンセンが発見したらい菌によって、主に皮膚や抹消神経が侵される感染症の一つである。この菌の毒力はごく弱 く、感染しても発病することはきわめてまれであり、1943年のプロミンに始まる化学療法の効果によって、確実に治癒するようになった。現在では、いくつ かの薬剤を組み合わせた多剤併用療法(Multidrug therapy,略してMDT)が広く行われている。

http://www.mognet.org/hansen/hansen01.html(全療協より抜粋)

ハンセン病は、人類にとって過去には不治の病として扱われたのです。

加藤清正なども、ハンセン病患者であったとあります。

当時は、空気感染してしまうというように考えられていて、一族から出たら、一切関わっては行けないと言うような恐れ方をされていました。

奈良時代(740年頃)光明皇后がハンセン病患者のために施薬院を設け、皇后自らが患者の身体の膿を口で吸って清めたという話が日本書紀に記載されているということは、はるか昔から、苦しめられてきた病気だったんです。」

 

また、当時笹川良一さんの秘書だった方からお話を聞いてブログに書かれた方が居ます。

抜粋します。

 http://blog.livedoor.jp/ramondekker/archives/558627.html

「ある時、病院に入院中の笹川さんは、そのタイのハンセン病専門病院管理している寺院から招待状がきたらしく
絶対外出禁止にも関わらず死んでもいいから絶対行くと言い出したみたいで
K氏は秘書だったので記録残さないといけないと言う義務もあったため嫌々同行

ハンセン病は空気感染すると思い込んでいたK氏
相当怖かったみたいです
病院に入って息を止めたみたいでそれを観て笹川さんは笑いながら
深呼吸しなさいと言ったと言う
こんなお茶目な一面もあったってのは聞いて意外だった

ハンセン病は直接感染する病気
それなのに笹川さんは患者さんの腐った手を取り
「大丈夫です神様が観てます絶対助かりますよ」
と一人一人声をかける

ここまでできる人間てまず居ませんよね^^;
感染して自分が死んでしまうかもしれないってのに・・・
この姿を観たK氏
自分の不甲斐なさで涙があふれでてきて
笹川さんに一生ついていこうと深く誓ったと言います」

 

とブログに記されています。

世界中のVIPなどが色々なハンセン病の施設に来ても、見るだけで、笹川さんのように一人一人全員の手を握り、お声を掛けて励ました方は、日本の天皇陛下と笹川良一さんだけとの事。

ハンセン病だけでも長くなってしまいましたが、天然痘の根絶にも名前が出てくるんですね。

WTO天然痘撲滅宣言

http://nippon.zaidan.info/kinenkan/history30/3/3541.html

 

すごい、本当にすごい。

この笹川良一さんを語るには、ハンセン病だけでも非常に長くなります。

そこで、以降の生い立ちを記載するととても簡単には書けるものでは、無いので・・・(途中でごめんなさい)

 

簡単に笹川良一さんの本から、良一さんをご紹介しているページから抜粋させていただきます。 (最初から、そうしろという声が聞こえそうですが・・・)

笹川良一伝 世のため人のために(suadd blogより)

黒瀬 昇次郎
致知出版社
¥ 1,890

 笹川良一といえば、日本船舶振興会会長としてCMで「一日一善」「戸締まり用心、火の用心」と呼びかけていた謎のおじいさんという印象しかなく、競艇という性質上怪しいものを感じていました。おそらく多くの人はそうなんじゃないかと思います。

しかし、この本によるとそれはまったくの誤解であり、本人は超天才型の投資家・実業家であり、戦前と戦後にそれぞれ数百億づつは稼ぎ、さまざまな援 助の呼びかけに応じて、死ぬまでにすべてを使い切った聖人であったと言います。実際、日本船舶振興会は天然痘根絶、ハンセン病根絶、緑の革命などに多大な 貢献をし、それ以外も合わせて年間拠出金はロックフェラーなどの財団を上回り民間最大だそうです。

また、戦前には戦争反対を説いて回り、一方で戦後はA戦犯として巣鴨プリズンに進んで入り、ソ連を批判し、国民を飢えさせないためなら命をささげ る、やましいことは一切ないと豪語し、他の収監者を心から支え、家族を私費でかくまったという。それにより「ヒーローであった」と称され、そのお礼状は 8000通近くに及んだらしい。もちろん本人は無罪放免されている。

どうやら、日教組や労組批判を繰り返すなどして、朝日新聞などから批判を浴び世間的なイメージが歪曲されているようです。ちなみに、日本船舶振興会 を蓄財に使っているのではないか、という批判に対しては、金なら(昔から)いくらでもあるからそんなことをする必要はない、と言っており、本人としては当然すぎて弁明する必要もないと思っていたのが、世間はそう取らなかった、ということらしいです。そういった批判にも、本人は「そのうち分かる」と言って寿 命を迎えたらしい。

文章はやや冗長ではありますが、スケールがあまりにも大きくて、気持ちのいいエピソード満載で非常におもしろいです。笹川良一が再評価される日はいつになるのか分かりませんが、個人的には非常にかっこよくて、こんな風に生きていきたいなと思いました。

http://suadd.com/blog/2008/05/sasagawa_ryoichi.html

 

と笹川良一さんの簡単なご説明をされています。

調べれば調べるほど、書ききれませんでした。

すみません、今回に限り、生い立ちの途中ですが、B&G海洋センターの説明をして偉人伝を終わりたいと思います。

社会の為、人のためであれば、喜んでわが身を差し出し、私財を投げ打ち生涯を捧げてくださいました笹川良一さん。

元の笹川財団、現在は日本財団になっておりますが、財団HPよりB&G海洋センターの説明を抜粋いたします。

 「(昭和46年度~54年度)

第2節 福祉・公益事業の拡大

4.多様化する青少年育成事業 スポーツの振興

東京オリンピック以降、国民のスポーツに対する関心は著しく高まり、所得水準の向上や自由時間の増大と相まって、多くの老若男女が単に観戦を楽しむだけでなく、多様なスポーツに自ら参加するようになった。
都 市化の進展や家電装品の普及により、人々が日常生活において身体を動かす機会が次第に少なくなり、健康づくり・体力づくりのための社会体育の振興が必要と されるなかで、本会は一層多くの国民がスポーツに親しむことができるよう、援助活動を展開することとした。

特に青少年にとってスポーツは健康・体力の維 持・強化だけでなく、精神力の鍛練や社会性の練磨にも役立つので、青少年教育の一環としてもスポーツ振興を重視した。
このような立場から、剣道・合気道・少林寺拳法・相撲・なぎなた等のわが国伝統のスポーツ、カヌー・ヨット・ボート等の海洋スポーツのほか、サッカー・テニス等の球技を中心に競技大会の開催や指導者の養成を支援し、これらスポーツの普及と競技人口の拡大に協力している。
また、各地域からの要望に応じ、体育館、プール、運動場、海洋スポーツ施設等、地域住民が日常的に身近に利用できるスポーツ施設の整備・充実にも協力している。」

http://nippon.zaidan.info/kinenkan/history30/2/2245.html

 

とこのように地域社会の為に、子供から老人までが使え、青少年育成も併せてできるように施設を作ってました。

お陰で、沢山の子供達、青少年がスポーツを通じ育っていきました。

また地域において健康増進の為に病気に有る人が減ったとの事。


最近では、地域総合スポーツ法人というNPOが、作られてきています。

実は、これも笹川良一さんの意思を受けついで現在も進められています。

このNPO設立の為の支援なども日本財団が行っています。

 

現在、私達が地球上で、天然痘の恐怖から開放され、ハンセン病の廃絶と患者さんの地位向上から、地域社会の形成、青少年のスポーツを通じた育成などをおつくりになられた方が笹川良一さんです。

日本にとって、国が無くなってしまうかもしれないときに、説得の為にGHQに目を付けられる様にするために講演活動を行い、戦犯の疑いで巣鴨に収監されるように活動し、自ら巣鴨に入り、逮捕されている人々に対して国の為に説得、支援、釈放されるようにしてしてまわったり、収容されている方のご家族すべてを支援したりとしながら国を守ってくれた方です。

最後まで、人の為に働き、最後の言葉が、下記抜粋します。

 

平成7年7月19日の毎日新聞は次のように報道している。以下抜粋。

<聖路加国際病院では、十九日午前一時過ぎから日野原重明院長と笹川陽平・船舶振興会理事長が記者会見した。

日野原院長は「故人の遺志で解剖してほしいとのことで、発表が遅れた。あまり苦しまずに、最後まで意識はあった。十八日の午後八時過ぎに容体が悪化して駆け付けたが、意識がすでにもうろうとしていた」と説明。

陽平氏は「父はベッドの上で『神戸の大震災復興のために力を尽くして欲しい』と話していた」と語った。>

 

心より、笹川良一さんというすばらしい方が、いらっしゃったこと感謝いたします。

まとまらなくてすみません。


下記参考サイト(抜粋させていただきました)

世界は一家 人類みな兄弟 笹川良一“昭和の怪物”笹川良一とは一体どんな人物であったのか。

http://blog.goo.ne.jp/sasakawaryouichi/c/7e53e1d2a25896c3ebd05c346a138a5e

日本財団

http://www.nippon-foundation.or.jp/index.html

「B&G財団創設者 笹川良一の遺したもの」(2004年2月10日/笹川記念会館)

http://www.nippon-foundation.or.jp/org/condition/040210_1.html

人物探訪:笹川良一(上)~獄中の東条英機を叱咤した男~

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog121.html

人物探訪:笹川良一(下)~獄中の東条英機を叱咤した男~

 http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog122.html

The Globe Now: 蘇るアフリカの大地(上)~笹川グローバル2000の開始~

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog125.html

 The Globe Now: 蘇るアフリカの大地(下)~緑の革命~
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog126.html

世界からハンセン病をなくすために(日本財団図書館)

http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2004/00006/mokuji.htm

 

最終更新 2009年 6月 09日(火曜日) 01:42  

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